Member
Introduction

繋-TUNAGU- 会員様インタビュー

繋-TSUNAGU-

Vol. 58 2018. May

営業にイノベーションを起こす

株式会社竹中工務店

執行役員

河野修 様

私の座右の銘「いつも元気」

略歴 PROFILE
1982年 株式会社竹中工務店 入社
総務部を経て営業部で民間営業を担当、
グループリーダー、部長席を歴任
2013年 部門長 就任
強い営業部の再構築を掲げ、
西日本トップシェアを目指し、これを達成
2016年 役員補佐
2017年 万博推進室事務局長
2018年 同社執行役員を務める

棟梁精神に学ぶ

36年前 、竹中工務店に入社して驚いたことがあります。入社後1年間は全寮制となり、同期が二人一部屋で4ヶ月毎に交代、寮生活や会社での基礎的なことは住み込みの1〜 2年先輩の寮長から教わるのです。

竹中工務店は400年以上前の織田信長の時代から、伝統的な木造建築を手がけてきた歴史があります。それを支えてきたのが棟梁精神です。一人前になって現場を仕切る 「親方」 に対して、私達は若衆であり、見習いです。寮生時代、私達は 「見習いさん」 と呼ばれていました。

最初の挫折は、寮を出た直後に訪れます。広島支店への配属命令でした。
殆どの同期は、大阪・東京本店勤務です。さらに私を落ち込ませた事実があります。建築会社で文系社員にとっての花形部署は現場で施工 を行う作業所か、お客様と折衝し仕事を獲得して くる営業部であり、私は営業部への希望を出していたのですが、なんと予想外の総務部人事課への辞令だったのです。これには大層落胆しました。

ただし、小さいときから、さまざまな組織でリーダーを任され、どんな境遇でも対応してきたことが幸いしました。また、高校大学受験ともに失敗しましたが、それらの環境にもめげずにがんばってきました。

私は、逆境によって鍛えられる反骨精神でこれまでの人生を切り開いてきたことを思いだし「同期にはぜったいに負けない」と心に誓い、職業人生をスタートさせることになったのです。

不思議なもので、やる気を出せば見える景色まで変わります。それまでつまらないと思っていたことが、やり甲斐のあるおもしろい仕事に変化していきました。

 

腐らずに頑張った下積み時代

広島支店は小さな支店でしたから、人事課とはいえ、業務範囲は人事業務全般に及びます。 我が社には、退社された先輩方の集まりである竹睦会という組織があり、その慰安旅行の交通手段、宿泊先、観光先すべての世話役をまかされたり、学生の採用や社内運動会の手配まで何でもやりました。さらに、日中に多くの雑務をこなしながら、夜は宅建や衛生管理者の資格取得に猛勉強を重ねました。

広島支店のつぎに配属されたのも、総務部総務課でした。またかという感じでした。

ポートアイランドの会場に全国から一万人弱もの社員が集まる「創立90周年記念総会」の裏方業務を専属部員たった三人で取り仕切りました。
例えば、社員が会場に到着時に、雨が降ったらどうすべきか、傘が必要だろう、傘立てもいる、それを、どのタイミングで準備すべきと判断するか、そういった細部にまで最大限の思考を巡らせ、天気予報会社と契約するなど万全の体制を組みました。すると、式典の途中から雨が降りだし、準備してきたことがすべて報われる結果となったのです。

一筋縄ではいかなかった新規開拓営業

こうした下働きを10年間続け、ついに念願の営業部に配属となりましたが、担当上司から難題を突きつけられました 。「河野君は新規開拓を担当しなさい」と。

従来顧客の営業ですと、受注案件の情報をとるのにさほど苦労はいりませんが、新規開拓は一筋縄ではいきません。荒野にほうりだされたも同然の「サバイバル状態」です。

設計の提案などにたどり着く前に、まずは幅広い人脈を築き、その人間関係を深めながら、さまざまな情報をとってく努力が必要です。「いきなりの営業職で、それが可能だろうか」 と怯みましたが、考えてみれば私は小さい頃から、ボーイスカウトなどでサバイバル状態を何度も乗り越えてきました。それは「いつも元気」というモットーによって、です。

元気にしていれば、仕事が楽しくなります。仕事が楽しくなると矜持がもて、笑顔が増えます。お客様にとっても魅力的な営業マンに見えてくるでしょう 。「元気」こそがエネルギーの根源であり、人も仕事も呼び込むのです。また、上司からの「新規開拓ができれば、保守営業は簡単になる」 との言葉に励まされ、苦労の末、営業マンとして自立することができました。それは私が「親方」となった瞬間でした。

「属人的営業」 から 「組織営業」 へ

ちなみに、営業部では親方とは言いません(笑)。グループリーダーと言います。ただし弟子(部下)を育てられない親方(リーダー)は、親方ではありません。

自分を成長させるのは簡単ですが、部下を育てるには、如何に成功体験を味合わせるかと言う別の苦労があります。最終的に落ち着いたのは、やはり「棟梁精神」でした。 それは部下と一対一で向き合うということです。

まずは日報、週間予定表をしっかりと書かせ、提出させました。すると問題点が見えてきます。それを丁寧に赤字で訂正し、返すという作業を他のグループに率先して行うようにしました。

営業マン個人個人の様子が手に取るようにわかると同時に、そのスキルを個人だけでもつ「属人的営業」から「組織営業」 へ昇華させることができました。これが営業にイノベーションを起こす始まりとなったのです。

こういった新しい営業方法への取り組みが会社から評価され、部門長代行を5年つとめたあと、2013年には部門長へと昇進しましたが、このタイミングで会社の屋台骨を揺るがす事態が生じました。営業赤字です。
新聞各社に大きく報道され、営業部は騒然となりまた。

私が責任者ですから、何とかせねばなりません。棟梁が目標をはっきりさだめねば若衆は迷うばかりです。そこで、私が掲げたスローガンは「強い営業部」でした。

この悔しさを忘れないため、全員に新聞記事のコピーと自分自身がどう変わるかという目標を机に入れさせました。2012年の時点で、西日本の国内建築の受注額において、ライバル社 (※大林さんも会員様なので)とは数百億円の差がありましたが、さまざまな施策を実行できたおかげで、翌年以降は、反対にライバル社に対して大きく差をつけることができました。

振り返ってみれば、私のこれまでの人生は、自分の理想や思い通りになったことがなく、危機の連続でした。しかし、一生懸命に目の前のことに継続して取り組むと、最後には思いがけない奇跡が起こり目標を達成できます。何事も「人間万事塞翁が馬」 であり 「継続こそ力なり」だと実感しています。

メンバー同士の交流をはぐくむ企画を

休日は、子どもが三人いますので、ボーイスカウトやPTA活動にも積極的に取り組み、行事を盛り上げてきました。会社勤めの身には、こうした活動は難しいと思われるかもしれませんが、子ども達から逆に「元気」 をもらえますので、本業にもプラスになっています。

GCCOとの出会いは、前任者・黒田啓介からの引き継ぎです。入会してよかったのは、大企業だけでなく中小企業の元気な社長さんとの接点が増えたことです。
また、我が社の特性を活かし、建築を担当したエキスポシティを開業前に内覧をしたり、メンバーさん相互の交流を深める楽しい企画を提供していますので、メンバーの皆様に、ぜひ参加してもらいたいと、強く願っています。

GCCOのイベントにはなるべく顔を出し皆さんとの交流を楽しみにしていますので、 見かけたらぜひ声をかけてください。お願いします。

編集後記【万博男になりたい】

河野さんは自他共に認める「お祭り男」 。
望年会にて、一昨年はピコ太郎に扮し3位、昨年はブルゾンちえみで優勝されました。営業に限らず、何事に対してもやるからにはTOPを目指す、のが河野さんのスタイルです。

インタビューの最後に「いま一番興味のあることは何ですか」とお尋ねすると「2025年の万博ですね」。

1970年の大阪万博にて、河野さん自身、その熱狂的なエネルギーに魅了されたそうです。また竹中工 務店は、大阪万博以来、出展するパビリオンの多くを手掛けていることもあり、まだ開催することが決定していないのに、すでに万博推進室事務局長に任命されたそうです。「お祭り男」の本領を発揮する時期が、もうすぐそこまでやって来ています。(編集子)

 

(インタビュー取材:ライティング株式会社)

会員様インタビュー一覧へ
入会申し込みはこちら