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繋-TUNAGU- 会員様インタビュー

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- 挑戦や困難も一杯のビール、仲間と共に
アサヒビール株式会社
コーポレートセールス本部 理事
コーポレートセールス第二部 部長
古川 充彦 氏
(略歴)
1991年4月 アサヒビール株式会社入社
2017年9月 九州統括本部 長崎支社長
2021年4月 九州統括本部 理事 九州北部統括支社長
2023年4月 近畿圏統括本部 理事 近畿圏市場開発支社長
2026年4月 コーポレートセールス本部 理事
コーポレートセールス第二部 部長
バブルの熱気のなかで入社
就職活動は「バブル入社」の熱気の中から始まりました。バブルがすこし弾け始めていたとはいえ、まだ超が付くほどの売り手市場。私も多分に漏れず、大きな希望を胸に就活に励みましたが、現実はそう甘くはありません。第一志望は、ものの見事に不合格でした。
そんな中、最初に内定をくれたのが当社でした。当時のビール業界といえば、圧倒的なシェアを誇る企業が存在し、業界全体の基準となっていた時代でした。我が社はというと、とにかく泥臭く、しかし不思議な活気に満ち溢れていました。大阪の会社らしい、飾らない反骨精神にも魅力を感じました。
社風に救われた新人時代

配属先は、当社発祥の地である吹田の営業所でした。いきなり試練となりました。同僚同士で競い合う「自販機設置キャンペーン」です。当時はまだ、家族経営の小さな酒屋さんがあちこちにありました。もちろんすでに主要メーカーの自販機が設置されています。私といえば、何の長所もない普通の若者。
だから、雨の日も風の日も通い詰め、店主の方と何時間も語り合うこともありました。「濃密な人間関係」を築くことだけが、シェアを拡大させる唯一の私の手段だったかもしれません。このキャンペーンで上位に入り、表彰されたことで、「自分でも戦える!」という自信を得たのです。
ただ、すべてが順風満帆だったわけではありません。入社から3、4年後、一度、深い闇の中に落ち込んでしまったことがあります。ノルマのプレッシャーのなか、連日の様にお得意先との飲み会や先輩や上司にも誘われ、夜通し飲み明かす日々。プツンと糸が切れたような感覚になりました。「なぜ、こんなに苦しい思いをしているんだろうか」。
そんな私を救ってくれたのは、アサヒの誇る「温かさ」でした。弊社には、新入社員に歳の近い先輩が教育係として付く「ブラザー・シスター制度」があり、それは一生続く師弟関係のようなものです。落ち込む私に、先輩が細かくフォローを入れてくれました。「大丈夫か?」「お前の頑張りは見てるぞ」。その一言に、どれほど救われたか分かりません。この時に注いでもらった愛情があったからこそ、私は再び立ち上がることができたのかもしれません。
そして1998年、忘れられない瞬間が訪れます。当社がついに、ビール販売単体のシェアトップとなりました。その年の数量が確定した12月30日。テレビ会議の画面越しに見た社長が、感極まって涙を流されていました。その姿を見て、私ももらい泣きしました。その後2001年には発泡酒を含めたビール類全体でもトップに立ちました。一度は踊り場を迎えたスーパードライが、あの「鮮度」という新たな価値を全社一丸となって追求し、戦い抜いた日々は、いまでも忘れられない「人生の宝物」です。
効果的な部下指導とは
キャリアを重ね、現場のリーダーとなった頃、再び大きな壁にぶつかりました。当時の私はプレイングマネージャーとして、重要なお客さまを担当しながら、同時に部下のサポートも担っていました。その業務量が多く、あまりの多忙さにキャパオーバーとなり、家路に帰る電車の中で初めて「会社をやめたい」と思った程、心身ともに疲弊する日々でした。しかし、そんな極限状態の中で私を支えてくれたのも、やはりアサヒの文化と、一日の終わりに飲むビールでした。どんなに辛いことがあっても、キンキンに冷えたビールを一口飲めば、不思議と「よし、明日も頑張ろう」と忘れられる。ビールは「人を前向きにする力」をもっていると身をもって知りました。
営業として担当を持ちながらマネジメントをするこの経験から、私の指導方針は明確になりました。「自分がやられて嫌なことは、絶対に部下にはしない」です。たまたま耳にした断片的な情報だけで、朝令暮改的に部下に指示を出したり、自分の主張を押し付けたりするいわゆる「ワンマン型の上司」は、組織の活力を奪うだけです。その仕事の「意義」や「ビジョン」を丁寧に説明し、自分で考えて行動することの面白さを知ってもらうことのほうが重要です。
そして、部下にはいきなり大きな成果を求めず、「スモールウィン」を積み重ねさせることを意識しています。小さな成功体験が自信を生み、その自信がチーム全体の活気に繋がるからです。部下が自律的に動き出し、成果を上げた時の喜びは、自分が一営業マンとして数字を作った時とは比べものにならないほど大きなものでした。
理念を共有できる組織へ

現在は、立場上、支店長などのマネージャー層を通じて組織運営に携わっています。直接指示を出せないからこそ、より高度なマネジメント能力が求められます。ここで重要なのは、やはり「理念の共有」です。 組織のメンバー全員が同じ方向を向くためには、ビジョンを分かりやすく説き続けるしかありません。私は、自分自身が会社のビジョンを体現する見本でありたいと思っています。一度、二度、三度、伝わるまで辛抱強く繰り返します。理想は「私の後、誰がリーダーになっても、高いパフォーマンスを維持できる自立型組織」です。自分で考え、自ら動く──そんな「人が成長する場所」としてのアサヒを、これからも守り続けていきたいと考えています。
映画の行間を読みとく
仕事に全力投球する一方で、40歳の時に経験した病気が、ライフスタイルを大きく変えました。大きな腫瘍の摘出手術を受けたのです。それ以来、健康には人一倍気をつけています。休日は早起きして走り、ジムで汗を流す。昼間はゆっくりと本を読み、夜は好きな映画を観る──これがルーティンです。特にヒッチコック作品など昔の映画が好きですね。セリフで多くを語らず、画面の端々に漂う空気感で物語を伝える、あの感じがたまりません。映画の行間を読みとく時間は、忙しい日常の中で、心を整える大切なひとときになっています。
GCCOとの出会い

GCCOはひじょうに「使い勝手」がよく、居心地がよいクラブです。弊社の時短勤務の女性社員が産休に入るとき「夜の送別会に出られない…」と嘆く彼女のためにどうしようかと悩んでいたとき、ランチでの送別会をGCCOで開くことができました。また、メンバーの皆様を当社の工場見学にお招きしたこともあります。まさにギブアンドテイク、理想の関係性が築かれています。
今、私たちは激動の時代の中にいます。環境の変化は激しく、一つの企業や個人だけで解決できる問題は、どんどん少なくなっています。だからこそ、経営者同士、人と人とが交流し協力し合うことが、かつてないほど重要になっているのではないでしょうか。一人ではダメなことでも、メンバーの知恵を借り、協力し合うことで、一歩前へ進めると思います。そのきっかけとなるのがGCCOだと思うのです。
私も一会員として、大阪の経済、そして関西の文化を盛り上げるために、微力ながら尽力していきたいと考えています。もしお会いした際は、ぜひ一杯のキンキンに冷えた「アサヒビール」を酌み交わしながら、みなさまと語り合いたいと願っています。
編集後記
信頼でつながる、かけがえのない存在
アサヒビールさんの歴代の方々がGCCOのメンバーになってくださっています。今回の取材を通じて、古川さんと私たちの間に流れる「情熱」の原点を改めて噛み締めました。何より忘れられないのは、コロナ禍の出口が見えない暗闇の中にいた時のことです。お酒を扱う私たちにとって、街から飲み会が消えたあの時期は本当に苦しいものでした。厳しい自粛が求められる中、「飲み会のキャンセルはよくない」と、たとえ小さな身内の飲み会でも、開催に背中を押してくださいました。苦境にある時こそ、手を取り合い、人間味のあるお付き合いを大切にする──その心意気に救われました。古川さんのお人柄もあり、今では弊社全体でビールはアサヒビールさんにお任せしています。GCCOスタッフの宴会でも「乾杯」はスーパードライです。古川さんは単なる会員様ではなく、どんな時も共に歩んでくださる、私たちの「かけがえのない同志」です。
インタビュー記事:ライティング株式会社

