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繋-TUNAGU- 会員様インタビュー

繋-TSUNAGU-

Vol.80 2025.December

会社も人も、磨けば光る。

大伸ダイス工業株式会社

代表取締役

川島 幸大 様

大伸ダイス工業株式会社

代表取締役

川島 幸大 氏

 

PROFILE

2016年9月  大伸ダイス工業株式会社 入社

2018年4月  大伸ダイス工業株式会社

代表取締役 就任

 

「おじいちゃん子」の決断

大伸ダイス工業は、母方の祖父が創業した会社です。精密部品の製造を行う町工場で、職人気質の社員たちを頑固者の祖父が引っ張っていました。

祖父には孫が5人いますが、男の子は私だけで、特に可愛がってもらいました。幼い頃は、事務所で仕事中の祖父の膝に乗って相手をしてもらった記憶もあります。とはいえ会社を継ぐことは考えておらず、大学卒業後はトヨタ系のディーラーに就職しました。営業職に精を出し、最年少で役職付に昇格、社長表彰をいただくなど着実にキャリアを築きました。

ところが25歳の時に祖父が倒れました。突然、大伸ダイス工業が存亡の危機に立たされたのです。親分肌の祖父亡き後、業務は紛糾し、人間関係も悪化、工場は混乱も重なり、業績は赤字に転落しました。社長を引き継いだ母は疲弊し、会社を畳むか、売るかと頭を悩ませていました。その姿を見て「このままではおじいちゃんの会社が無くなってしまう。僕がやるしかない」と覚悟を決め、27歳で取締役として勤め始めたのです。

 

暗中模索の日々

まず驚いたのが、社内の衛生管理の悪さでした。壁は黄ばみ、装置は油で汚れていました。耐えきれずに掃除をしていると、古株の社員たちから「掃除されると、自分たちもやらなくてはいけなくなる」と言われる始末でした。「使わない工具は片付けよう」と促せば、「全部使っています」。仕事への熱意も乏しく、「納期は守ろう」と言うと、「忙しいから無理」と返されます。私が新規で仕事を取ってきても、少しでもやりにくそうな事案だと「対応できない」と断ってしまうのです。

相手からすれば私は27歳の若造に過ぎません。何を言っても、「ずっとこのやり方でやってきたから」と聞き入れてもらえませんでした。入社当初はトヨタで実績を上げてきたという自負がありましたが、一年やってみて、全然ダメだと打ちのめされました。もう投げ出したい!と何度も思いました。それでも、社員とその家族の生活を背負っていることを思えば、退くことはありえませんでした。

とにかく率先して動くこと、そして、ロジカルに説明することに徹しました。例えば整理整頓ならば、一度すべての工具にテープを貼り、使うときに剥がすと決めて使用頻度の統計を取り、長期間テープが貼られたままの工具は収納することに同意してもらいました。孤軍奮闘を続けるうち、協力してくれる社員が徐々に増え、新しい体制や方針に馴染めなかった社員は会社を離れることもありましたが、次第に社内の雰囲気が変わってきたのです。

 

ビジョンを共有できる人と歩む

社内の立て直しと同時に取り組んだのが人材確保です。採用面接の際には、会社の現状を正直に説明しつつ将来のビジョンを語りました。「今はまだルールも守れない、ボロボロの町工場。でもこれから、そのマイナスイメージを払拭して働きやすい会社に変えていきたい。将来的には、他の優秀な町工場もグループに加えて成長させたい」。

共感して入社してくれた社員たちは、会社を良くしようと自発的に行動し、力を尽くしてくれます。ある社員は製作現場で働くうちに、「周りの進捗が分からないと作業しづらいから、僕がプログラムを勉強して進捗管理システムを作っていいですか?」と申し出てくれました。すぐにプロジェクトを組み、2年かけて形にしました。

当時も今も、スキル獲得を狙った採用はしていません。私の思いに共感してくれた人を招き入れ、一人ひとりのキラリと光るところを見つけて伸ばすスタイルを心がけています。

 

挑戦して失敗してもいい

社内の空気が入れ替わってきた頃、一つの意識改革を掲げました。それは、新しい装置や工具を積極的に導入することです。私の前任者は支出を恐れるあまり設備を更新しておらず、その結果、仕事の幅が制限されていたのです。

そこで「失敗してもいいから挑戦しよう。そのために必要なものは買おう」と声を大にして励ましました。最新の測定器や工具を揃えると現場の士気も高まり、それまで断っていた高精度の仕事が可能になったり、新しい加工技術が開発されたりしました。おかげで今も、年に30~40社の新規開拓を続けられています。

当社の得意技は、超硬合金をピカピカに磨く技術。そこにかけて、「磨けばなんとかなる」が私の口癖です。みんなで環境を磨き、心を磨き、技術を磨いて業績を伸ばしてきました。社員16人の小さな町工場が、今では40人規模のグループ会社に成長しました。毎年ホテル会場で決起会を開催し、社員の表彰も行います。日頃は作業着のおっちゃんたちが、その日ばかりはスーツ姿でみんなの前に立つのです。それを見ると感慨深いですし、社員が会社の成長を実感できる機会になればと願っています。

 

町工場は宝の山。強みを活かし未来につなぐ

私は自動車ディーラーでも町工場でも営業を経験しました。ディーラーの営業は、メーカーのカタログを見せて「どのオプションにしますか?」と聞くことが中心でした。一方で、町工場の可能性は無限大。お客様のニーズに合うものがオーダーメイドで提案できます。フットワークの軽さは小規模な町工場の特権であり、技術開発のスピードは大企業にも引けを取らないと感じます。町工場の営業は挑戦と学びの連続であり、毎日がやりがいに満ちています。

ところがもったいないことに、素晴らしい技術を持っているのに売り込みが苦手な町工場が多いです。本来、物の値段は「原価+利益」ではなく、「お客様にとっての価値」のはず。商品の価値をしっかり伝えられれば、それに見合う対価として評価していただけるのです。

町工場には、人知れず無数の宝が眠っています。ものづくりの面白さや可能性を広く知ってもらって町工場を盛り上げたいですし、消えてしまいそうな町工場は引き取って技術と思いを将来へつなぎたい。それが私の夢であり、使命でもあります。

 

頭と体、それぞれのリフレッシュ法

もともと人と話すのが好きで、業務とはいえ営業でお客様や同業者を訪ねることが楽しく、息抜きになっています。リフレッシュできて仕事にもつながるという一石二鳥です。営業は天職かもしれません。逆に、デスクワークばかりの日は、体は楽ですがストレスが溜まります。そんな時は仕事帰りにジムで汗を流します。あえて体を追い込むことでストレスが洗い流されますし、体が疲れていれば、夜ぐっすり眠れるのです。

プライベートの楽しみは、お酒です。妻がグルメなので、妻は料理、私はお酒を楽しみに、家族で居酒屋に行きます。もう一つの趣味は旅行。色々な土地を訪ねましたが、最近のお気に入りは沖縄で、年末年始も家族で訪れる予定です。

 

学びの機会が豊富なGCCO

GCCOを紹介してくださったのは、会員の網谷洋一さんです。「素敵な方がたくさんいらっしゃるから、入ってみませんか?」とお声をかけていただきました。

入会後まもなく、製造業界の大先輩、パナソニックホールディングス㈱ 特別顧問の大坪文雄さんとの素晴らしい出会いがありました。そのご縁で大坪さんが主催される「ものづくり勉強会」に参加させていただくようになり、一昨年はなんと、台湾のパナソニック工場見学にご一緒させていただきました。

私にとってGCCOは、素晴らしい先達の方々と知り合い、教えを請うことのできる、貴重な学びの場です。ついこの間までは一番若手でしたが、最近は私より若い世代の方も加わるようになりました。GCCOの多彩な企画は事業のヒントにもなりますし、プライベートでもつながる出会いがあるかもしれません。若い方も積極的に交流を持っていただくといいなと思います。

 

編集後記

町工場の救世主

困難な状況でも投げ出さない忍耐力、論理的な説得力、そして抜群の営業センスをお持ちの川島さん。お若くして会社の立て直しに成功されたのも納得です。

実は、私の実家は町工場でした。技術を利益に結びつけられないという課題は痛切に感じてきましたし、素晴らしい技術を持ちながら苦心しておられる町工場も見てきました。もし川島さんと出会っていたら、違う未来を迎えた町工場もあったかもしれません……。

GCCOには、ものづくりに熱い志をお持ちの会員がたくさんおられますし、私たちも精一杯の後押しをしたいと思っています。川島さんが、町工場、そして日本のものづくりの未来を担うお一人になると確信し、心より応援しております。(編集子)

 

(インタビュー記事:ライティング株式会社)

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