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繋-TUNAGU- 会員様インタビュー

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パック・ミズタニ株式会社
代表取締役社長
水谷 博和 氏
(略歴)
1983年 大阪府生まれ
2006年3月 関西大学商学部 卒業
2006年4月 ヤマト運輸株式会社 入社
2007年3月 パック・ミズタニ株式会社 入社
2010年4月 パック・ミズタニ株式会社 代表取締役社長 就任
お客様視点で視野を広げた出向期間
パック・ミズタニは1909年に木箱業として創業し、時代と共に段ボール製造業へと移行してきました。弊社の手がける段ボールは基本的にオーダーメイドで、特殊な製品の包装設計や製函技術が強みです。
私自身は大学卒業後、運輸会社に就職しましたが、一年後には会社の事情により自社へ戻ることになりました。戻った当時の事業は、伊丹工場事業部が担う段ボールの「製造部門」と、大手自動車メーカーの補給部品センターで配送作業を請け負う「物流部門」の二本立てでした。私は物流部門に配属、まもなくお客様よりお声が掛かり1年間ほど出向することになりました。「自社を外部から客観的にみる」という新たな視点を得られたことが、後の財産となりました。
時流に翻弄されながらも、会社を背負って歩き始めた
出向中に、大きな出来事が起こりました。リーマン・ショックです。会社の業績はガクンと落ちました。さらに追い討ちをかけるように、同年の冬、経営者として尊敬してやまない父に、胃がんが見つかりました。こうした厳しい状況が重なり、まさに暗澹たる思いでした。このような状況では諦めてしまう場面だったかもしれません。
ですが、父は私に落ち込む暇を与えませんでした。製・管・販にまたがる様々なタスクやプロジェクトを次々と命じたのです。そこに経営者としてのすごみを感じました。父なりに将来を見据え、私に多くを経験させたのだと思います。翌年、父が急逝し、若輩者ながら私が社長を引き継ぐこととなりました。まさにどん底からのスタートでした。
しばらくしてリーマンショックの影響も徐々に和らぎ、業績は回復のきざしを見せました。ところがホッとしたのも束の間、お客様が海外拠点を持つことが多くなり、日本からの出荷が激減。さらに物流作業の受託先大手様より「配送作業を半分以上内製化する」との方針が出され、これが決定的な打撃となりました。これまでのやり方を抜本的に変えないと生き残れないという、新米社長として最大の試練に立たされたのです。絶対に失敗を許されない状況でした。
背水の陣での二つの新機軸

背水の陣のなか、二つの新機軸を打ち出しました。
第一に、新規サービスの開始です。まず兵庫県西宮市内に200坪の倉庫を1つ構えました。単なる倉庫業では利幅は薄いので、お客様の困りごとをリサーチすると、繁忙期の対応に苦慮されていることに気づきました。そこで、お客様が工場内でおこなう最終の工程、検品・梱包・出荷など、面倒で細かな作業だけど、外注可能なものをその倉庫を活用し、請け負うことにしたのです。これが「痒いところに手が届くサービスだ」とお客様から大変喜ばれました。その後も、毎年順調にそのサービスを強化し続け、現在では6センター、総面積は7000坪ほどの規模にまで成長させました。
第二に、大分事業部での、段ボールの製造です。他社との差別化のため、1トン乗せても潰れない強化段ボールや、オリジナル製品を作れる設備を整えました。しかし、土地や機械の購入をはじめとする初期投資が非常に大きく、売上が伸びても利益は十分ではありませんでした。
振り返れば、この背水の陣の時期が「種まきの時期」となったのかもしれません。その後、徐々に顧客が増え、数年後には大分事業部だけで、従業員10名の規模にまで成長させました。
この二つの取組の成果により、社長業の醍醐味を感じる事が出来ました。
ハコから始まる物流改革
企業とは社会的な存在であり、単に、自社の売上を求めるだけでは、安定した会社経営は望めません。未来への指針となる、しっかりとした企業ミッションが必要だと常々感じていました。
そこで創業110周年を迎えたのを機に、「“ハコ”から“ハコブ”を変える」というあらたな企業ミッションを掲げました。言葉遊びに聞こえるかもしれませんが、段ボールというハコから、物流を表すハコブ。これはあたらしい挑戦を続けた弊社の姿勢そのものです。弊社にも、お客様にも、常に新たな付加価値を加えていける企業でありたいとの思いを込めました。
トップダウンとボトムアップのバランスが肝
経営者の仕事は「決断」です。周囲の意見を聞いたり、過去のデータだけを当てにして、穏当な判断を下すだけなら、だれにでもできることです。
私の決断におけるポリシーは「民主主義的独裁」です。トップダウン的な経営だとの印象をもたれるかもしれません。ただし、社員とのコミュニケーションを重視し、年2回、全従業員に個別の評価面談の機会を設けてボトムアップにも気をつけています。一人ひとりと膝を付き合わせて話し、互いの認識のギャップを解消します。かなりの時間と労力を要しますが、そこで経営者が汗をかくことに意義があると思っています。
仕事も人材育成も、合理性を求めるほど差別化から遠ざかります。非合理なところにどれだけ自分の身を投じて、切り拓いていくか。誰もやりたがらないことにチャレンジした者だけが先駆者になれる。それが私の信条です。
オフの日は充電に努める

のめりこむほどの趣味はないのですが、休日にはゴルフの練習によく行きます。また、妻とショッピングしたり、息子と話をしたり、娘と出かけたり、そんな何気ない家族との時間がリフレッシュになっています。心が休まるだけでなく、視点を変えるという意味でも、大切なひとときです。
横のつながりから生まれる穏やかな空気感

GCCOは、会員である株式会社 岡田製作所 相談役 岡田 信夫さんにご招待いただいて初めてお邪魔した時にすっかり気に入り、ご紹介をお願いしたのが始まりです。それ以来、十年以上のお付き合いになります。
GCCOの魅力は、会社を越えた横のつながりができることです。そのつながりが、GCCOにしかないオリジナルな空間を作っていると感じます。
適度なプライベート感があるので、腰を落ち着けて深い話をしたいシーンには最適です。最近、6社の課長や主任をつなぐ「6社研修会」という取り組みをしており、そのキックオフとクロージングは必ずGCCOを利用させていただいています。ここならば初対面でも打ち解けやすいし、お互いの話に集中できます。
弊社の経営方針説明会や110周年の記念パーティーでもGCCOを利用させていただきました。商談からイベントまで、多様なシーンをしっかりサポートしてくれるGCCOは、弊社にとってなくてはならない存在です。
編集後記
GCCOに新たな価値をもたらすキーパーソン
初めてお会いした時、水谷さんはまだ30代。ハッとするほどお若い社長さんでしたが、紳士的で落ち着いた物腰の中にはすでに貫禄が感じられました。今回、経営者としての歩みを伺うことができ、従業員のこと、お客様のこと、世の中のことを思い、何事にも真摯に取り組まれてきたご姿勢に尊敬の念を深くするとともに、そのように積み重ねてきた年月が貫禄となって現れているのだと納得しました。
日頃から積極的に施設を活用し、イベントにもご参加くださっているおかげで、GCCOでの人脈も広がっています。新しい付加価値を常に追求しておられる水谷さんと会員の皆様とがもっともっと関わっていただけたら、GCCOにも新たな価値が生まれるはずと期待に胸を膨らませています。
(インタビュー記事:ライティング株式会社)

